夢を通じてサーヴァントの生前の姿を垣間見る。

それは事例として珍しい話ではなかった。パスから流れ込む記憶が映像化する、とでも言うのだろうか。
――またか、とウェイバーは苦い気持ちになる。
ウェイバーは眠りについたはずだった。なのにはっきりと覚醒した意識がある。そしてなんとも奇妙な感覚、これは以前にライダーの生前懐いた願望を夢に見た時と同じであった。
ウェイバーはこの現象をあまり快くは思っていなかった。人の心の中を盗み見しているようで気分が悪い。ウェイバーが意図してやってのことではないので気に病む必要はないのだが、なんとも律儀な性分である。
記憶の再現が始まる。
石造りの王宮、朱を生やし朱を灯し朱を纏った偉丈夫がいる。ライダーだ。数人の臣下たちと何か話し、笑いあっている。その中に、ライダーの他に見知った姿があった。
ウェイバーが知るよりも幾分か大人びて髪も長かったが、それは間違いなくだった。
場面が切り替わる。
ライダーが病床に臥せっている。血色は青ざめ、死の陰りが死相となって現れていた。苦し気に繰り返す呼吸すら弱々しい。寝台の傍らでは臣下たちが控え、それぞれが辛そうにしている。その中にまたの姿があったが、先程までとずいぶん様変わりしており、頬はやつれて目の下には隈を作り、痛ましいくらいにはらはらと涙を流していた。
「皆の者を、ここに」
驚くくらいに覇気のないライダーの声に場がどよめく。すぐに駆け付けた臣下たちが枕元に顔を寄せ、恐らく遺言となるであろう言葉に沈痛な面差しで耳を傾ける。
「よもやこのようなところで果てることになろうとは…無念だが、これもまた天命か」
「陛下、どうか気を強くお持ちください」
「我らにはあなたが必要です」
臣下たちの呼び掛けに応えた笑みは、悲しいくらいに弱々しく。
だがその心は少しも衰えてなどいない。かさついた部厚い唇は、征服王にふさわしい遺言を紡ぐ。
「最強の者が余の後継者となり、帝国を継承せよ」――と。
それは遺言としては、他に類を見ない内容であった。権力者というものはいつの時代も、自らの血族にその栄光を継がせ繁栄を望むもの。臣下たちは息を呑んだが、ややあって固く頷いた。
親愛なる王に憧憬し、故にかくありたいと願う――それがイスカンダルという男の王道が魅せた導であった。
ライダーはやり遂げたと言わんばかりにふう…と一息つくと、次に泣き濡れたの頬へ力なく手を伸ばした。既に泣き腫らした瞳が一層に見開かれ、次々と雫が降り注ぐ。
「王……!なにも、出来ず……っ!申し訳ありません……!」
「そのように泣くでない……そなたにはなんの非もないのだ、余はそなたを恨んだりはせんよ」
「……っ、わた、私は」
「………」
「……王?あ…あぁ……王、王……!」









気がつけばウェイバーは、ここ数日で見慣れたマッケンジー宅の天井を見上げていた。身体を支配する倦怠感のままに、漫然と思考を巡らせる。
脳裏に甦るは、憔悴しきったの泣き顔。とめどない嘆きの声。あのまま悲しみに耐えきれず死んでしまいやしないかと、遥か過去に全て終わった出来事に無用の心配をしてしまう。

やめだやめだ、馬鹿らしい。

低血圧のせいでうまく働かない頭を押さえ溜め息をついていると、扉がノックされる音がした。

「ねぇ、起きてるー?」

だ。何故かウェイバーは過敏に反応してしまう。

「お、起きてる!」
「じゃあさっさと支度して降りてきてよね。朝ごはん、あんた待ちなんだから。もうホントあんたって世話になるだけじゃなくて王を待たせるわ手間はかけさせるわ」
「うるっっさいな!!先に下に降りてろよ!!」
「言われなくても待ってたりしないわよ。早くしなさいよね」

素っ気なくそう言い放ち、足音が遠ざかる。眉間に険しいしわを作り、ウェイバーは乱暴にベッドから飛び降りた。

「なんだよあの言い草、馬鹿にしやがって馬鹿にしやがって…!!」

お馴染みのカッターシャツとアイビーグリーンのセーターに袖を通しつつ、忌々しげに一人呻く。
本当にアイツ、ライダーへの態度と大違いだよな…!
考えれば考えるほどに怒りは募るばかりである。お前がライダーに忠誠を誓うのは別にいい、でもボクはそのライダーのマスターなんだぞ!ギリギリと歯噛みしながらズボンを履くと、ウェイバーは苛立ちのままにバン、と扉を開けた。ずかずかと足音荒く階段を駆け下り、リビングへと躍り出る。言われた通り早く降りてきてやったぞ、という腹ですでにライダーの隣に席を陣取っているを睨み付けたが、狼狽える様子は微塵もない。それどころか平然としているではないか。
余計に腹が立ったものの、荒々しく登場した孫に目を丸くしたマーサに、どうしたのウェイバーちゃんと声をかけられたところでようやく我に返った。

「ご、ごめんおばあちゃん…なんでもないんだ」
「そう?しゃあ席についてちょうだいな、みんなで朝ごはんにしましょ」
「うん」
「坊主、待ちくたびれたぞ!」

ライダーの呑気な言葉にひきつりかけた笑顔を取り繕い、椅子にかけたウェイバーの耳をついたのはふっ、という鼻で笑う音。
ギッと睨み付けるも、はこちらを向いてすらいない有様である。
こいつ性格わっる…!改めて認識しつつ、トーストにかぶり付く。
こんなやな奴にいちいちイライラするだけ労力の無駄だ、ペースを乱すなウェイバー・ベルベット。
自らにそう言い聞かせ、無心で口内のものを咀嚼して精神を落ち着けようと努める。だというのにグレン老とライダーの楽しげな談笑が少しやかましい。
本当に溶け込みすぎなんだよ、アイツは。
半ば呆れつつライダーへ視線を向けたウェイバーは、唖然とした。
ライダーの隣。呵呵大笑するライダーを見つめるが、それは嬉しそうにしていたからだ。幸せそうに表情を綻ばせ、話にあわせて時折相づちをうつ。
そこには夢で見た悲痛な嘆きは微塵も感じられない。



よかった、と。



無意識に安堵したウェイバーは、直後自分の思考を恥じ入った。

「(な……何を考えてるんだ、ボクは!!)」

ウェイバーにとっては、嫌味でこうるさいだけの嫌な女で、好きか嫌いかと聞かれれば嫌いなほうなのだ。それなのに、それなのに!!

「(だから、あんなの見たくなかったんだよ……!)」

遥か昔に過ぎ去りし彼らの日々、その残照と残響。それらが自分をおかしくしたんだ、そうに決まってる。
魔術師に余計な情は不要だ。根源に到達するためには時に冷徹な判断を下さなければならない。こんな流されやすくては、たとえばあのケイネスあたりに嘲笑われてしまう。
煩悶を振り払うように、ウェイバーは朝食を掻き込む。彼のそんな性分こそ、王に気に入られている要因であるとは知るよしもない。

20120709