空が、醜悪かつ圧倒的な力に押し潰される。 ウェイバーに手を引かれるままに呆然と歩いていたは、ふいに後方を振り返った。そこにはただ、星の煌めく夜空があった。しかしある一点に集約された、おびただしく途方もない悪意を、は感じ取っていた。大気が慄いている。やがて訪れるであろう惨劇を恐れているかのように。 だが、にはさしたる興味もなかった。なにもかもがどうでもよかった。 王は、もういない。 かの大王は、彼女にとって一であり全であった。その王を再び喪って、はなげやりな気持ちになっていた。 苛烈で勇壮な王の散り様は、一人の未熟な少年に道を示した。 しかし、遥かなる時を超えてまで再会を果たした一人の少女から、生きる目的を奪いあげてしまったのだ。 あの御方がいないなら、こんな世界など滅びてしまえばいいものを。 漠然とそう思いはしたが、この少年に死なれるのは困る――はウェイバーの後ろ頭をぼんやりと眺める。ウェイバーは王命を受けた。 生きろ、と。 そう告げられた少年はその言葉に従い、あの英雄王と対峙した上で生き残った。それがどれだけの幸運であるか、快挙であるのか。あの時は激昂していてそれどころではなかったが、今顧みればわからぬではない。自分の方も、よくも生き残れたものだ。別に生き残らなくてもどっちでもよかったのだが。 けれど、この少年は生きなければならない。死なせてはならない。王命を遵守し、その上でどのようにしてかの偉大な男の生きざまを語り継ぐのか―― 見届けねばならない。その思いが、の生に再び意味をもたらす。 そしてもし王の温情に背くような生き方をしようものなら、その時はこの手で―― 不穏な考えを抱くに、ウェイバーは気付かない。そんなウェイバーの存在こそが、王が彼女に残した温情だとは、には知るべくもない。 遥か後方で、ぽっかりと口を開けた孔が今まさに泥を垂れ流していたが、二人が振り返ることはなかった。 20120625 |