が関羽と連れ添って、もうどれくらいになるだろうか。 子宝にも3人恵まれた。 どんな苦境の中でも、不満ひとつこぼさず陰ながら支えてくれた。そんなになにかしら贈り物をしたいと思った関羽は、部下や子供たちを使ってそれとなく探りを入れてみることにした。だが、予想外にも有用な情報はなに一つ得られなかった。 誰に尋ねさせても、は欲しいものは無い、と首を振るのだそうだ。 それではどうにもならないと困り果て、関羽は自ら直接尋ねてみることにした。 「そなたは欲がないな」 天上に皓々と輝く美しい月を、窓際に夫婦寄り添って見上げる。指通りのよい緑の黒髪を撫でながら苦笑する関羽を、は不思議そうに見上げた。 「折角贈り物をしようと探りを入れてみても、欲しいものは無いとしか答えなかったのであろう」 「あら……やけに皆から聞かれると思っておりましたが、あなた様の差し金だったのですね。合点がいきました」 いたずらっぽく忍び笑いするに、関羽が大仰に唸って見せる。 「いかにも。だが我が妻は無欲でな。さて、どうしたものか」 関羽の言葉にが物憂げに瞳を伏せる。やがてぽつりと、私は無欲などではございません、と零した。 「望みがあるなら申してみよ。拙者に叶えられるものであれば手配しよう」 ようやく手がかりを得られた関羽の面差しに喜色が滲む。しかしはゆるやかに首を振って見せる。その貌にどこか物寂しげな笑みを浮かべながら。 「いいえ、雲長様。よいのです。私は十分に幸せでございます」 「いや、それでは拙者の気が済まぬ。気兼ねなく申してみよ」 「……では――」 関羽の強い要望に応え、が口を開く。 呼気はひそやかで、そっと、まるで秘め事を告げるかのように、は関羽へ望みを紡ぐ。 「あなた様の、お命が欲しゅうございます」 傍から聞けば、なんとも物騒極まりない願いである。だがその奥に秘められたの真意を即座に理解した関羽は、眉根を寄せ妻を腕の中へと引き寄せた。 哀しいまでのの想いと自分に対する深い愛情に、抱擁せずにはいられなかった。 「すまぬ……拙者の命は今、兄者のもの……そなたの願いを叶えてやれぬ」 「……ええ、存じております。出過ぎたことを申しました……どうぞつまらぬ戯言だとお忘れください」 「……だが、この乱世が終わり兄者の仁の元に国が統一された暁には、この関雲長の命、そなたに捧げようぞ」 息をのんだが、腕の中から関羽を仰ぐ。そこにあったあまりにも優しい双眸に、は胸が詰まる思いだった。 この乱世で軍神に対し、それがどれだけ愚かな願いであるのかもわかっていた。 それでも抱かずにはいられなかった。 どうか、私と共に生きてくださいと。 ぽろりと玉の雫がの頬を滑り落ちていく。月明かりを受けたるそれは、まるで宝珠のように美しかった。関羽は苦笑するとの頬に唇を滑らせ、舌に宝珠を乗せた。 時は219年。 樊城の戦いにて軍神関羽とその子関平は没し、妻は部下である周倉と共にその後を追ったという。 20130409 戻る |