厳しかった寒さもいくらかやわらぎ、春の到来を感じ始める頃。 あでやかに色づいた薄紅の花弁がほころんだのを、は嬉しそうに眺めていた。 ここは城内の庭。そこに植樹された一株の桃木の前にの姿を認め、関羽が回廊から降り立つ。 「よ、まだ風は冷える。そのように外にいては体を悪くしてしまうぞ」 「雲長様。見てください、桃の花が開いたのです」 関羽の心配もどこ吹く風のが桃の花を指し示す。枝に沿ってびっしりとついたつぼみがほどける様子は、なるほど確かに見事であった。しかしがこれほどまでに喜び、見入っているのには、他に理由があった。 に乞われ、関羽は閨にて己の身の上を語って聞かせた。その中でも特にが興味を示したのは、関羽が劉備、張飛と義兄弟の契りを交わしたタク県の桃園であった。 お三方の始まりの地ともいえるその桃園に一度私も行ってみとうございます。夢見るような表情でねだるの艶やかな髪を撫で、関羽は約束した。兄者がこの大乱を納め、世が平定された暁にはそなたをあの桃園に連れてまいろう、と。 だが戦乱は一向に収まる気配を見せない。 なればこそ今はせめてと関羽は桃木を手配し、城の庭に植樹させたのである。いわばこの桃木は、関羽からへの贈り物であった。 はこの贈り物に、もちろんいたく感激した。桃の木をよく気にかけ、つぼみが結んでからというものそれはもう熱心に足を運んだ。そしてようやく咲いた花。の心情は推し量るまでもなかった。 「しかしこのようなところで眺めなくとも、一振り部屋に飾ればよかろう」 「いいえ、――いいえ雲長さま」 穏やかに笑んで、がゆるく首を振る。 「お恥ずかしながら私には花を生ける心得がございません。それにあるがまま、あるべき処に咲く姿こそ、私は美しいと思うのです」 あるがまま、あるべき処で生きられなかった女の言に、関羽はそうか、とだけ返す。 人民の多くが戦火に怯え、貧困にあえぎ、暴虐を受け、太平の世を渇望しながら死んで行く。 だからの境遇が取り立てて悲劇だったわけではない。今の時代にはありふれた、よくある悲劇だった。 それでも、悲劇には変わりない。悲しくなかったはずはない。辛かったろう、苦しかったろう。 関羽が手を伸ばす。どのくらいここでこうしていたのか、触れた頬は冷えきっていた。は目を細めると、関羽の掌に頬をすりよせた。 「まったく……すっかり冷えてしまっているではないか」 「申し訳ございません」 「腹の子に障っては大事だ。もうそろそろ中に入るがよい」 「――はい」 関羽が差し出した手を、が取る。幸せそうな微笑みは匂い立たんばかりであった。 のあるがまま、あるべき処は関羽の傍なのだと、美しい莞爾が物語っていた。 最初書きたかった話とずれたけどまぁいっかー!みたいな!(笑) 20130203 |