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 そこに怯えや恐怖はなかった。
 ただ、苛烈なまでの激情が、幼きまなこをきつくつり上げていた。

 都、許昌。曹操に仕える武将・張遼文遠は、雑踏の中を歩いていた。都に身を寄せている関羽のもとを訪ねるためである。
 ふと、張遼の耳をはしゃぎ声が掠める。声のしたほうに目をくれれば、姉妹だろうか、二人の女児が駆け回っていた。
 十を越えるか越えないか程度の女児を見ると、思い出すことがある。
 それはまだ張遼が董卓に仕えていた時代。董卓の悪逆っぷりに義憤し、謀反を企てた者がいた。文官の謝南である。
 しかしその企みが明るみに出、謝南は呂布によって斬り捨てられた。更には一門も皆殺しにせよとの、董卓からのお達しである。配下である張遼はその命に従った。
 逃げ惑う謝家の人間を、男も女もなく斬り伏せた。
 せめて、苦しむことのないように、一太刀で。それが張遼にかけられる、せめてもの情けであった。

「ああ、どうかお許しくださいまし、この子は、この子だけは……!」
「……御免!」
「ひぃい!!」

 謝南の妻と思しき婦人の慈悲を乞う声も虚しく、張遼が刀を降り下ろす。
 絶命し倒れゆく婦人は、それでもなお庇うように、我が子へとおおいかぶさった。

「母上!!母上!!」

 子が悲痛な声で呼べど、すでに息なき母から返事があろうはずもない。
 張遼は冷たい眼差しで母子を見下ろした。後に鬼神が如しと語られる男の眼光は、彼が手にした刃同様に鋭い。
 人としての心を持って命令に臨めば、とうに耐えかねている。此度の非道に殉じるため、張遼は心を固く閉ざしていた。今この瞬間、張遼は人ではなく主君が振るう刃そのものだったのである。
 歴戦の武人でも畏怖するであろう眼光に、だがしかし子は怯えなかった。
 まだ年端もいかない女児でありながら、子は大きなまなこに怒りをみなぎらせ、張遼をにらみ据えた。母を亡くした哀しみに涙は流せど、突き付けられた切っ先に怯みもしない。
 名だたる武将だとて、同じ状況に陥れば大半が無様に命乞いをするもの。それなのに、この娘は命乞いをせぬ。泣きわめきもせぬ。
 ただただ、純然たる怒りを張遼に向けている。
 果たして幼さゆえの無知か愚行か、それとも。

「生来のもの、か……」

 男子であったならさぞ猛将へと登り詰めたであろう。なおのこと此処で摘み取らねばならなかったが、さて。

「よくも母を……皆を殺めてくれたな!許さぬ!許さぬぞ!」
「ほう……ならばどうする」
「おまえを討ち、仇を取る!!」

 甲高い声で叫ぶと同時に少女は母の亡骸を押し退けると、そばにあった短剣に手を伸ばした。柄を掴み、張遼に対して構えを取る。
 あまりにも拙く、あまりにも――惜しい。

「くっ……!」
「……ふん!」

 娘が振りかざした刃は、いともたやすく張遼に凪ぎ払われてしまった。乾いた音を立て、短剣が弾き飛ばされる。それを追おうとした喉元にひたりと刃をあてがえば、忌々しげに見上げられた。

「おぬしと私との力の差は歴然……無駄なあがきはやめられよ」
「うる…さい…!力及ばぬなら、おまえの手にかかるより自ら命をたつまで!」
「ならば好きにするがよい」

 張遼が、刃をさげる。目を見張る娘に背を向けると、張遼はそのまま歩き出した。
 娘は短刀を拾ったが、張遼を追うことは出来なかった。堂々と晒された背中に、後ろから襲いかかるだけ無駄だと思い知らされたからだ。

「うぅうっ……無念……!」

 火をつけられた屋敷の中、無念さにうちひしがれながら崩れ落ちる。
 手にかけるまでもない。そう断じられたことが屈辱で仕方なかった。娘は哭いた。己の矮小な身と、一糸も報いることが叶わない無力さがただひたすらに悔しかった。悲しかった。炎の中で、むせび泣いた。

 あれからもう何年たっただろうか。張遼は主を二度変え、曹操軍に身をおいている。
 あの時見逃した娘の生死は知らない。もしかすればあの屋敷もろとも火に焼かれ、命を落としたやも知れぬ。しかしあえて張遼は消息を探ろうとはしなかった。
 あれほどの気高さ、苛烈な器を持つならば、生きていれば必ずまみえる日が来る。あれは乱世という時代が生んだ豪傑の妻になるべき女だ。そしてまた豪傑を産み、育てる母となる。
 天が許すなら、長じたあの娘がどんな人間になるのか、見てみたかった。

 閉ざした心の奥深く、武人の魂を揺さぶった娘の行く末を。






20130127
横山版は関羽ルート一択ですけんど無双版は関羽ルートと魏ルートがあるよ★
魏ルートでは張遼さんに連れて帰られて養女になるパターン。張遼に心を開くまでを書くのが大変そうである。
曹操さまか夏侯惇か張遼でだな以下略


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