しとしとと鼓膜を湿らせる静かな音に、が眠りの淵から舞い戻る。 うっすらと瞼を開ければ、あたりはまだ薄暗かった。朝を迎えたはずであるのに、窓から入る光も心許ない。鑑みれば原因は明白である。きっと雨が降っているためだろう。 体を起こすと、隣で身じろぐ気配があった。赤い癖毛を褥に散らし、むずがる子供のように眉根を寄せて寝ているのは、鍾会だった。 鍾会はにとって直属の上官であり、そしてつい先日夫となった男である。しかし夫婦の契りを結んだとは言えど、未だ二人は共寝するばかりで、情交には至っていなかった。今はただ体温を分け合うだけにとどまっている。 生娘のが言うのもなんだが、これでいいのかと思わないでもない。妻となったからには、やはり最大の務めは世継ぎを産むことだ。特に鍾家は名家であるからして、その責任は大きいはずだった。 (やはり私には……女としての魅力が足りないのだ) 特別顔かたちが整っているわけでもなければ、そそる体をしているわけでもない自覚はある。色気だとて持ち合わせていない。鍾会もその気にならないのだろう。いっそ申し訳なくなってくるくらいである。 は小さくため息をつくと、閨から抜け出した。 鍾会を起こしてしまわぬよう、そうっと戸を閉めて回廊に出る。が思った通り、外は小雨がしめやかに降りそぼっていた。季節柄、春雨というべきか。うすら明かりの中、庭の椿が水を滴らせる様は、自分よりよほど艶やかに見えてならなかった。 ぼんやりとその景観を眺めていると不意に、寝所の戸が開いた。振り返ればそこには、まだ目も開ききらない鍾会が、不機嫌そうに立っている。 「なにをしている……」 寝起きのため、問いかける声は掠れている。それもそのはずで、鍾会は朝にめっきり弱く、本来なら起こされない限りまだ寝ていてもおかしくない刻限だった。 どうかしたのだろうかと疑問に思いつつも、が答えを返す。 「雨に濡れる庭を見ていました。 あの……士季様こそどうかされたのですか?」 「……ぇが」 「 え 」 「お前がいないから、目が覚めてしまったじゃないか……!くそっ」 「……っ!」 恨みがましくそう吐き捨てるなり、鍾会がの手を引き、抱きすくめてくる。春先とは言えどまだ早朝の、しかも雨天。知らず知らずのうちに冷えてしまっていたようで、鍾会の温もりがしみた。 いや、それだけではない。全身が一気に熱を帯びる。 「し、し、士季様」 「私に黙っていなくなるな。厠以外で抜け出すな。私が眠っているのなら、お前も寝ていればいいんだ。 私を起こすのは、妻であるお前の役目だろう……」 まるで添い寝をねだる幼子の我が儘である。しかしそれがいやに面映ゆくて仕方ない。自分の姿を探してくれたことが単純に嬉しく、必要とされているのだと実感する。 結局寝台に連れ戻され、やはり鍾会はまだ睡魔に打ち勝てないらしく、再びうとうとと微睡み始めた。長い睫毛が重なるか重ならないかの刹那、ためらいつつもが鍾会を呼ぶ。しばしの間があったが、うつろな声が煩わしげに、なんだ、と聞いてくる。 「あの、その……何故抱いてくださらないのですか」 はしたないとは思いはしたが、聞かずにはいられなかった。 必要とされている、愛されているならば何故、と。 直後、すさまじい勢いでがばりと身を起こした鍾会の肌は、耳はもちろんのこと、首までもが赤く染まっていた。瞳は驚愕に見開かれ、総身はわなわなと震えている。 そんな鍾会の反応にいたたまれなくなり、聞くべきではなかったと後悔に苛まれたが、もう遅い。 動揺をあらわに、鍾会が口を開く。 「も……物足りないのか?」 「えっ!?いえ、そういうわけではなく……! つ、妻として迎えていただいたからには、子を成す務めを全うしなければと思い……しかし士季様は一向に抱いてくださらない。私などに興が乗らないのは重々承知しています。なれば至らない点を指摘していただけたら、と……」 尻窄まりに言いながら俯く。羞恥と情けなさで視界が滲みそうになるのを、唇を噛み締めることでこらえた。 鍾会は困った様子で、小さく唸りながらせわしなく視線をさまよわせたが、やがて腹を括ったらしい。 「私は、本当は誰とも交わらず、清く生きていくつもりだったんだ」 ぽつりと、呟くようにそうこぼした。 「だから女を抱くことは一生無いと思っていたし、そういった行為に嫌悪感すらあった。妻を娶るつもりもなかった。……お前に会うまでは。 だから、その……私にも心の準備がいるんだ!!言わせるな!!」 怒鳴るように言い終えるなり、鍾会は寝台の中へ潜り込んでしまった。向けられた背を唖然と眺めた後、我に返ったはおずおずと鍾会に寄り添う。 「不粋なことを聞いて申し訳ありませんでした……」 「……ふん。そもそも、お前はなにか勘違いしている」 「えっ?」 「私が夫としてお前に最も望むのは、私に添い遂げることだ……子など二の次でいい」 そっけない言い草だった。それが照れ隠しだと如実に伝えるのは、触れれば火傷しまうのではないかと疑うほどに赤い耳。 あまりにもぶっきらぼうな睦言に、は思わず笑って、鍾会の背に頬をすり寄せた。 「はい――ずっとずっと、お傍におります」 弾む声音でそう告げれば、当たり前だ、と返されて。 漂ってきた朝餉の香りに、じきに召し使いが呼びに来るのだろうと思いながら、心地よい半醒半睡に二人身を委ねたのだった。 130330 幸せな夫婦生活が送れるのはIFルートだけ!!笑 ってなわけで、こんなしきちゃん萌えるわ可愛いわーってMOUSOUを詰め込みました。朝弱そう+無駄に身持ち固そう。 お題:スピカさま 戻る |