初めてその笑顔を目にした時、

(ひだまりのようなむすめだ)

 ――と、思った。



「なんだ、その花は」

 両手にいっぱいに花を抱えて歩いていた鍾会の副官を呼び止める。
 俺の呼びかけに足を止めたは、拱手の代わりか頭を下げた。

「こんにちは賈充様。庭の芍薬の花が見事に開いていたので、父と鍾会様のお部屋に飾ろうと思いまして……よければ賈充様もいかがですか?」

 朗らかに笑みながら、花がよく見えるようにこちらへ傾ける。成程確かに幾層にも重なった花弁が開く様相は美しく、見ごたえがあった。この花があの華佗膏の原料となっているというのだと思うと、なんとも不思議な気分になる。
 それはさておきの言葉に甘えて、俺は一茎花を頂戴した。

 そしてそのまま、の髪に花を挿頭す。

「え……」
「ああ……美しいな」

 指に絡めた髪はすぐに滑り落ちてしまった。唖然とするをその場に残し、俺は回廊を進む。
 途中すれ違った鍾会がやけにこちらを睨んでいたが、見て見ぬふりを決め込んで通りすぎた。
 別に、欲しているわけではない。奪うつもりもない。
 見ているだけでいいのだから。


 初めてその笑顔を目にした時、ひだまりのような娘だと思った。
 子上が光なら、俺は影だ。
 黒は俺によく似合う。穢れが目立たない、似合いの色だ。
 子上を王にするためならなんでもしてやる。どんなことにだって手を染めてやる。覚悟などとうに出来ている。

 闇の中で冷めきった心。凍てついた魂。

 そんな俺の胸を、あの笑顔が暖めた。
 じわりと熱がしみたのだ。

 あの日からは俺にとって不可侵の存在となった。俺に向けられていなくともかまわない、あの笑顔を遠巻きに見られればそれだけでよかった。
 取り立てて美しい娘ではない。それならば元姫の方が際立って玲瓏だ。しかしあの娘が笑うと、俺の目には周囲に柔らかな光が広がって見えるのだった。
 手に入れたい、と望んだことはない。俺の真の願いは、別のところにあるからだろう。
 あの娘に抱くのは恋慕ではなく、憧憬の類いだ。言うなれば気に入った風景を眺める――そんなところか。
 勝手に温もりをもらっていた、それだけで充分だった。

 唯ひとつ。
 ひとつだけ思うとすれば、どうか翳ってくれるなと、そればかりである。

130327
お題:スピカさま


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