四月上旬。
 季節は春、桜が爛漫と咲き乱れる今は花見のベストシーズンである。
 学生であるは只今春休み真っ最中で、明日に友人、先輩らとの花見を控えていた。
 は名門・天命館高等部の一年生である。進級はもう確定済みなので、始業式を迎えれば二年生だ。入学当初は違和感の拭いきれなかった制服姿もだいぶ様になった。そんなは現在、玉子サンドイッチを作るにあたっての下準備に勤しんでいた。

 先述した通り、明日は花見である。

 一学年上である司馬昭の提案により、食べ物は各自持参となった。有り体に言えば自分が食べたいものを皆で持ち寄ろうとか大体そんな感じである。もちろんお互いに申し合わせをしていないので物が被るかもしれないが、それもまた一興というやつであろう。
 そこでは手作りのサンドイッチを持っていこうと思いついたわけである。
 ぶっつけ本番は怖いというか、失敗してしまったら目もあてられないので、感触をつかんでおくためにも予行練習をしておきたい。レシピを確認しつつ、がゆで卵を潰したボールに調味料を加えていく。その顔つきは真剣そのものだ。
 も花も恥じらう16歳である。この年頃の娘がこんなに熱心に物事に取り組む時、その根底にあるのはやはり恋心だろう。

 にはほのかな思いを寄せる相手がいた。ひとつ年上の、鍾会士季である。
 その人柄を表すなら「高飛車」の一言に尽きた。
 プライドが異常に高く、いちいち勘に触る物言いばかりする。加えて上から目線での発言がデフォルトという有り様である。確かに顔は美形と言っても過言ではないし、名門校にあって成績は常に上位をキープ、フェンシング部でも花形エースで文武両道だが、それであの不躾な振る舞いがすべてまかり通るかと聞かれれば答えはノーである。
 少なくとも謙虚で温和な従兄を慕ってきたにとっては、ありえなかった。
 いけ好かない奴だと思っていた時期もあった。人って恵まれすぎるのも問題なんだなぁ、と。あと、やたら絡まれるのも心の底から迷惑だった。従兄に一方的な敵対心を持っているようだったので、あてつけというか嫌がらせに違いないと決めつけていた。
 けれど、だんだんと不遜な態度の裏に隠された、不器用な優しさに気付くようになっていって。
 レベルの高い授業についていけなくなって、放課後一人で教室に居残り自習したことがある。
 何度教科書を読んでもわからない自分が情けなくて、悔しくて、ついには泣き出しそうになっていた時、呼んでもいないのにさわがしく乗り込んできたのが鍾会だった。そして頼んでもいないのにの前の席に陣取り、開いていた教科書をつまみあげて、ぺらぺらと講釈をはじめたではないか。驚くべきはその説明が、そこらの教師よりも至極丁寧でわかりやすかったことだろう。
 あっけにとられただが、今までのところでわからないところはあるか?と聞いてくるすまし声に我に返った。ないです、と答えると、そうか、と返ってきた。なんとも妙な気分だった。鍾会による講習は見回りの教師が現れるまで続いた。外はすっかり暗くなっていた。
 しかもその後家まで送ってもらって、流石にも恐縮してしまった。別れ際に今日の礼を言うと、恩着せがましくされるのではないかという予想に反して、鍾会は意外にも不愛想に去って行った。
(あ、照れた)
 街灯に浮かび上がった白い頬がほのかに色づいたのをは見逃さなかった。従兄にその日のことを話すと、彼はやわらかい口調で
「鍾会殿はああ見えて面倒見がいいからな」
 と言った。

 その日から鍾会への認識が変わったのは言うまでもないだろう。
 見方を変えてみれば、鍾会はめんどくさいながらも、中々愛嬌のある性格をしていた。突っかかってこられるイコール、それなりに気にかけられているのだろう。かまって欲しがる子供さながらの行動である。
 なんか可愛い。
 無意識にそう思ってしまったのを自覚したその瞬間、は自身の中に芽生えていた恋心に気付いたのだった。

 明日の花見メンバーにはその鍾会も含まれている。裕福な育ちで舌の肥えていそうな鍾会の口にあうものが作れるかははなはだ疑問だが、もし自分のサンドイッチを食べてもらえたら、少しでもおいしいと思ってもらえたら。そう考えるだけで頬の筋肉がまるでマシュマロにでもなってしまったかのようにゆるゆるになってしまう。
 えへへ、と思わず声をこぼすの顔は、正に恋する乙女のそれだった。
 そうして迎えた翌日。晴天で日差しも温かく花見には絶好の日和の中、柔らかな桜真風に髪を揺らしつつは集合場所となっている公園へ向かっていた。
 学校の外で会うのは、従兄のケ艾以外初めてである。
 自分が持っている中でも一番かわいいと思うワンピースを着た。いつもはアップで結んでいる髪もほどいた。普段はあまり使わない色つきのリップクリームも塗った。なりのせいいっぱいのおしゃれをしてきたつもりだ。
 サンドイッチも会心の出来で、肩掛けバッグの中にスタンバイしている。
 浮かれるようにしてたどり着いた昼下がりの公園は、花見客で溢れ返っていた。見知った顔を探してキョロキョロとしていると、こちらに気付いた夏候覇が手を振ってくれた。どうやら自分が最後だったらしく、他のメンバーはすでにシートに座っていた。
「こんにちは、お待たせしてすみません……!」
「いやいやいや、みんなも今来たとこだって!なぁ!」
「そうよ、気にすることないわ」
「いいから座りたまえ」
「はい!それにしてもよくこの場所とれましたね…桜の真下だー」
「それはケ艾君と私で午前中から場所取り頑張りましたからね……げふっごふっ」
「郭淮先生、大丈夫ですか」
「ああケ艾君……ありがとうございます」
「よーし、じゃあみんな持ってきた食いもんのお披露目と行こうぜ!」
 司馬昭の高らかな声を合図に、それぞれが持参した食べ物を取り出した。
 夏候覇は玉子焼きとから揚げ、あとウインナー。諸葛誕はおにぎりと海苔巻き。鍾会は林檎やメロンや苺、オレンジなどのデザート。司馬昭はスナック菓子。司馬師はやはりというか予想通り肉まん。ケ艾と郭淮は場所取りのため免除。
 そして王元姫は――サンドイッチ。
「口に合うかどうか、わからないけれど……」
 そう言いながら王元姫がバスケットから取り出したサンドイッチは野菜サンド、カツサンド、そして玉子サンドの三種だった。見た目からして店も顔負けと言わんばかりのクオリティである。
「ほう」
「うっひょー!こいつはうまそうだぜ!!これ、元姫が作ったのか?」
「ええ」
「これはまた、見事ですなぁ」
は何を持って来たのだ?」
「 え 」
 隣からケ艾に聞かれて、バッグに手を突っ込んだままのが固まる。
 あれだけのものを先に出されては、とてもではないが自分のサンドイッチを晒す気にはなれない。見るからにレベルが違いすぎる。
 自信作だったはずの玉子サンドが、今ではもう失敗作にしか思えなかった。
「あ…あーっ!ない!!すみません私、家に忘れてきちゃったみたいです…!」
「いやいやいや、それマジかよ。お前ドジだなぁ!」
「うっ…夏候覇先輩うるさい!あの、ちょうど飲み物ないみたいだし、かわりに私近所のコンビニでなにか買ってきます!」
 そそくさと立ち上がり、ブルーシート脇に揃えておいた靴を履いて、は足早にその場を離れる。胸中にぐるぐると渦巻く沈鬱さを抱えたまま、あそこにはいたくなかった。

(……なんか私、馬鹿だなぁ)

 気にしなければいいのだけの話だ。
 私もサンドイッチ作ってきたんですよー、とかなんとか言って、出せばよかったのだ。
 しかし出来なかった。したくなかった。しまいには王元姫を恨めしく思ってしまう自分がいて、は幼稚な思考を振り払うようにぶんぶんと首を振った。
 と、そこへ声がかかる。
「おい、何をしている」
 聞き慣れた澄まし声に驚いて振り向けば、そこには鍾会がいた。
「しょ、鍾会先輩!?どうしたんですか!?なにか用ですか!?」
「随分な言い草だな。この私がわざわざ手伝いにきてやったというのに」
「え?」
「おい、まさかあの人数の飲み物をよもやペットボトルの1本や2本で済ませる気じゃないだろうな」
「あ……あー……あはは……ありがとうございます」
「……ふん」
 笑ってごまかそうとするを一瞥して、鍾会が歩き出す。今のにはそんな鍾会のそっけない態度すらダメージになって、とぼとぼと後ろに続くしかなかった。
 お互い無言のまま、5分くらい歩いた頃だろうか。先行く背中をぼんやり眺めていると、突然鍾会が周囲を見回し始めた。一体なにをしているのかと呆気にとられていたに、鍾会が勢いよく振り返る。
 ビクッと肩をすくませるなどお構いなく、鍾会はなにやら髪をいじりながら、こう切り出してきた。
 そろそろ出してもかまわないんだぞ、と。
「……………えっ?」
「えっ、じゃない。わかっているぞ、お前本当は忘れ物などしていないだろう」
「えっ!!?」
「おおかたお前もサンドイッチを作ってきたのだろう?だがあの女が同じものを作ってきたのを見て出すのをやめた」
「な、な、なっ……!!なんでそれっ……!」
「ふん、侮るなよ。私を誰だと思っている?英才の誉れ高き鍾士季だぞ」
 絶句するを前に、鍾会は得意にそんなことをのたまう。は思わず英才教育怖い、と心の中で呟いた。
 しかしよりにもよって一番悟られたくない相手に見抜かれてしまうとは、ついてない上になんてみじめなのだろう。
 みっともなさに打ちひしがれるまま俯いて、肩掛けバッグの持ち手をぎゅっと握るに気付かないまま、鍾会はベラベラとしゃべり続けている。
「まぁ、私以外は気付いていないだろうな。他の奴らが凡庸でよかったじゃないか。だがそれも私が黙っていればの話だ。恥はかきたくないだろう?隠し通したいだろう。まさかあの女の作ったサンドイッチの出来に臆して、嘘をついたなんてことは。というわけで、私を口止めしたければお前が作ってきたサンドイッチを寄越せ。それで手を打ってやる」
「はぁ……………
 えっ?」
 反射的に顔を上げたが、鍾会はあらぬ方向を向いて、くるくると癖毛を人差し指でいじっている。
「えっ……あの」
「な、なんだ!!言っておくがお前に拒否権などないからな!!」
「いや、あの、その……王元姫先輩のに比べたら見栄えも悪いし絶対美味しくないですよ?」
「ふざけるな!!どうせ要領の悪いお前のことだ、手抜きや楽などせずに丹精込めて作ったんだろう!?それを貶めるようなことを言うな、癪に障る!!」
「ぇえええぇえぇ!!?」
 何故か怒られた。の口から素っ頓狂な声が上がる。
 驚愕の眼差しを向けられて鍾会は一瞬たじろいだが、すぐに手を差し出して「いいからつべこべ言わずに出せ」と急かしてきた。
 もはやこうなれば言われるままにするしかない。
「ど……どうぞ」
「ふん。それでいい」
 おずおずとが取り出した弁当箱を、満足げに受け取る。それをいそいそと自分のバッグに入れた鍾会は、歩みを再開しようと二、三歩進んだが、不意に足を止めた。
「……そういえば」
「はい?」
「その格好、中々似合っているじゃないか」
「あ……」
「な、なにを突っ立っている!早く行くぞ!!」
 早口でまくしたてて足早に去り行く背中を、慌てて追いかける。鍾会はその後コンビニでジュース代を全て持ち、始終上機嫌だった。

 悪くなかった。また作ってきてもかまわないぞ。

 そんなぶっきらぼうな言葉と共に返ってきた弁当箱を、浮かれた気持ちでが受け取るのは、数日後のことである。

130312
このしきちゃん、バレンタインの時どうしたんだろうか…(笑)
実は転生ネタで自覚はないけど潜在下に前世の感情とか記憶があって夢主に執着するしきちゃんなのでした


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