駄目、と思った。
 

 この人は駄目だと。王として人の上に立つには、人格面が決定的に欠けていると、一目でわかった。
 同時にこの人が自分の王だという強い直感が、額から閃いて体を刺し貫く。
 駄目。この人を王にしてはならない。
 の感情とは裏腹に体は膝を折り、かの人物の前に手をつく。所詮麒麟は天意の器にすぎない。自我など飾り程度でしかないのだ。天啓に抗うことなど出来はしない。
 嫌です、と泣き叫びたかった。けれど口をついて出たのは悲鳴ではなく、全く別の言葉。
「天命をもって主上にお迎えします」
 深く、深く。かの人物の――鍾会士季の足に頭を垂れる。足に額ずいて、許しを請う。
「御前を離れず、詔命に背かず、忠誠を誓うと誓約申し上げます――」
 しばしの沈黙が流れた。しかしそれも束の間で、昂揚した声が降り注ぐ。
 許す、と。
(ああ――嗚呼!!)
 許しは絶望となってへ圧し掛かる。この人では駄目だと、こんなにもはっきりとわかっているのに。それならばまだ、この青年が目の敵にしていた偉丈夫のほうが余程よかったろうに。
 何故鍾会に天啓が下ったのか、天意とは一体なんなのか。心の内でいくら天帝に問うても、答えがもたらされることはなかった。
 打ちひしがれるはそれでも自らが選んだ王と共に天勅を受けて生国に降り、宰輔としての務めを果たそうとした。主上を諌め、善き道へ導こうとした。
 王は気性にこそ難点があったが、それでも勤勉で努力を惜しまぬ。そんな御身に名君にたる人物になってほしかった。しかし鍾会はの言を聞き入れない。王は私だ。おとなしく私に従っていればいいのだ、と。
 やはりというか、自王はその傲慢から天意を失い、は失道する。即位からわずか十年足らずのことである。
 畢竟、自分の直感は正しかったのだ。
 病んだ半身の姿に鍾会は初めて焦りを覚え、天意を取り戻そうと試行錯誤した。だがよかれとおもって取った行動は全て空回りし、かえっての症状を悪化させてしまう。
 国を襲う天災、妖魔。民は王を恨み、臣下たちの誰もが鍾会に失望していた。
 鍾会は王になった。だというのに、天も、国も、臣も、民も、何一つ鍾会のものにはならなかった。
 ただひとつ――麒麟を除いては。
――私はお前の王であり、お前は私の麒麟だ」
 言いながら、鍾会が牀榻に伏し苦悶するを見つめる。その肌を赤黒い斑紋が侵している様が痛ましい。
 鍾会が蓬山に赴き神籍を返上すれば、せめてこの哀れな麒麟の命を救うことは出来るだろう。

 そんな事冗談じゃない、と鍾会が端整な口元を歪め、嗤う。

 これは、これだけは私のものだ。誰にも渡しはしない――



 それからほどなくして、その国の二声宮から末声が上がったという。


130515
正直しきちゃんは王の器ではないと思うのですが、もしも王だったら…とMOUSOUしたらこうにしかなりませんでした。ごめん。仕方ないね。


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