はぁ、と悩ましい吐息が空気を震わせる。自らの執務室での唇を貪り、鍾会は酔いしれていた。 「ふ、っはぁ……」 熱の籠った呼気すら逃さないとでも言わんばかりに、鍾会がの唇を覆う。息苦しさにが顔を背けようと、容易に追われて徒労に終わるだけ。接吻を始めるといつもこうだった。執拗なのだ。腰と後頭部に手を回されては身動きもろくに出来ない有り様である。酸素が足りない。の思考回路はあっという間に麻痺し、脳の芯が溶けてしまいそうな錯覚に囚われる。鍾会から漂ってくる香の香りがそれに拍車をかけていた。鍾会が普段から焚き染めている香なので、別段何かしらの作用があるわけではない。しかし咽ぶ程その匂いに包み込まれてしまえば、にはもはや鍾会にすがり付くしか術は残されていなかった。 鍾会はといえば、それはもう夢中での唇を啄んでいた。そんな自身を内心で嘲笑いつつも、かといって欲求を止められるわけではなく。 好きだと実感するたび、鍾会はこうしての唇を奪った。言葉で心の内を伝えるのが得意ではない鍾会の、不器用な愛情表現である。かといって思った時すぐに行動が出来るわけではなく、執務中であったり、誰かがいたりして先のばしになればなるほど、口接の長さに反映された。 混ざりあう唾液を啜りながら、に花を見る。 取り立てて目を引くような、美しい花ではない。多くが気にもとめず通りすぎる、そんな野花。しかしその実、花弁には多くの蜜を隠し持っているのだ。さながら自分は、かぐわしさに引き寄せられるがまま蜜を吸う鳥だろう。 (甘い) 本気で、そう思う。密着してとけるような体温も、時折あえかに漏れる声も、柔らかな唇の感触も、口内に滲む唾液も、絡み合う弾力も、微かに震えている体躯も、自分の香にかき消されることなくほのかに香る体臭も、この娘を形作る全てが狂おしいほどに甘い。こんな甘さを知ってしまっては、求めるなと言う方が無理な話だ。 花蜜を糧とする生き物が、生命維持のために蜜を欲するように。 鍾会もまた似たような体の、いや、心の作りになってしまった。 「っ、は……っ」 一通り満足した鍾会が、ようやっと顔を離す。互いの口元を繋ぐ糸を気にかけ、恥じらっている余裕など二人にはなかった。特には半ば意識がもうろうとしている。 「しょう、かい、さま……」 潤みを帯びた瞳が窓から差し込む斜陽を映し、暖色の光がゆらゆらと揺らめいている。どこか恍惚としたへ再び欲求がこみ上げるのをごまかすため、鍾会は目の前の眦に溜まっている涙へ唇を寄せた。 しょっぱいはずのそれすら甘く感じるのだから、どうしようもない。 「お前の蜜は私だけのものだ。絶対に他の奴になど与えるなよ」 独占欲を匂わせて鍾会がそう言い含めれば、言葉の意味が分からないのかはぼうっとしている。しかしややあって、はにかみながら小さく頷いた。 「あなたがそう望むなら、意のままに」 蜜の甘さは増すばかりだ。胸裏に滲む熱に鍾会は口角を上げた。 130417 130423修正 これでまだ一線越えてない関係 戻る |