常世において黒は慶事の色である。
対して白は、凶事に用いられる色だった。

梟王崩御の後、雁では凶事続きだった。次の麒麟が王を見つけられなかったのである。蹂躙されつくし焦土と化していた国土は王の不在によって更に荒れた。
峻峰に玄英宮を頂く凌雲山も折れようかと言わんばかりの荒廃。その荒廃を人々は折山と呼んだ。
このまま国は滅ぶのでは、と人々は戦々恐々とした。むしろ後世ではこの時、一度雁は滅びたとさえ伝えられることになる。

先の麒麟が斃れるのに伴い、白雉も運命を共にした。
そして、蓬山の捨身木に雁国の卵果が実る。一夜にして根に実った卵果から孵った女怪は沃飛と名付けられた。白い翼と白い鱗に覆われた両腕、鷲の下肢に蛇の尾を持つ女怪だった。

「延麒」

彼女が喉の奥から絞り出したひどく愛しそうな声から、次の麒麟は麒――雄であることが判明した。
捨身木の白い枝の先、黄金の卵果が実るその下に沃秘は寄り添い、双眸に溢れんばかりの慈愛を湛えて熟していく果実を沃飛は見守っている。胸の奥から滔滔と溢れてくるのは、果てしない愛情。
己の身よりも余程大事で尊く、愛おしい存在。延麒。十月の時を得て熟した果実をもぐその日が待ち遠しくて仕方がない。その瞬間を思い描くだけで、歓喜に身体が震える。体温が上がり、視界が滲む。
そんな自分を抑え込むため、沃秘は深く息を吐き出した。喜ぶのはまだ早い。
沃飛は微笑んで、延果を見上げた。
彼女は確かに幸せだった。至福の真っ直中にいた。孵った延麒を乳母として愛育し、彼が王を選んだ後は共に生国に下る。そんな未来に思い馳せていた。

やがて身を裂かれるよりも辛い悲劇が待ち受けているとも知らずに。

祭りの季節を待たずして、蓬山を蝕が襲った。その渦中で沃飛は時空のひずみから卵果を守るようにして枝にしがみつき、庇うように覆い被さった。
荒々しくしなる枝が髪を絡めとり、律動のまま毟りとった。また別の枝は、沃秘の肌をかきむしるだけでなく、鱗すら削ぎ落としていく。
激痛に沃秘は悲鳴を上げたが、それでも頑として枝を離さなかった。この愛し子を失うくらいなら、いっそ死んでしまったほうがましなのだ。
だが必死の抵抗も虚しく、一際強い突風に何とか踏ん張っていた足を掬われてしまう。
それは、一瞬だった。
沃飛が体勢を崩した刹那、延果は災異に耐え兼ねてちぎれ――赤い嵐に呑み込まれてしまった。
絶望にうちひしがれて咽び泣く沃飛を、駆け付けた蓬山の女仙達は複雑な想いで慰める。
待ち望んだ麒麟の喪失。そしてそれが雁国の麒麟だということが、女仙達を更に困惑せしめた。
王を見出だせずに寿命を迎えてしまった先の麒麟。その三十余年が雁の荒廃をより色濃くしてしまったのは火を見るより明らかで、一日も早い新王の登極が望まれる中での、この事件である。
本当に雁は、このまま滅びてしまうのではないだろうか……
そんな考えが女仙らの脳裏を等しくよぎる。
話を聞き付けてやって来た碧霞玄君玉葉も、雁の行く末に暗雲が垂れ込めているのを感じずにはいられなかった。

蝕に延果が拐われた一年後、そうとは知らぬ王宮の路木から新たな白雉の卵果が孵った。
孵った当初は今までの白雉と何ら代わりなく、二声氏達は今度こそ一声が響く日を心待ちにしていた。だが――白雉誕生から四年程の月日が経った頃だろうか。突然幼い少女の姿へと変じた二声宮の主に、王宮は騒然となった。
獣になることが出来る人間を半獣とするなら、人間になることが出来る獣は半人と呼ぶべきか。とにもかくにもそれは前例のないことだった。
他に類を見ない白雉の素質は、官吏達の不安を煽るには充分にすぎた。これは不吉の前触れではないか、禍事の兆しではないかと、しきりに囁き合う声がそこかしこから聞こえてくるようになっていった。

ただでさえ半獣は一般的に忌み嫌われる傾向にあり、世間からの風当たりも強いものだ。謂れのない差別を受けることも少なくなかった。
あのような異端の存在が、果たして役目を全うできるのか。
半人である白雉の少女もまた、同じように疎まれたのである。いや、前代未聞の半人ともなればなおさらであろう。
更に、白雉特有の色彩が官吏達の不興を買った。
純白の頭髪と睫毛、透けるように白い肌。常世において白は縁起のいい色ではない。
雁が滅んだならあの白雉のせいだ。
二声宮は大卜の許可なき者は入ることが出来ないため、心ない言葉が直接浴びせられることはなかったが、二声氏らの噂話によって白雉の耳にも届いていた。彼らはこの無表情で無口な少女に、およそ心などありはすまいと決め付けていたため、口を慎まなかったのだ。ただ王の登極と崩御を鳴くためだけに存在する伝達機関だとしか捉えていなかった。
国土の荒廃、そして忍び寄る滅亡の影に、人々の心は疲弊し荒んでいた。雲下ではもはや全盛期の十分の一まで人口は減っており、民衆は生きようと足掻く気力さえ無くしかけていた。雲海の上では、数少なくなった官吏達に餓えの危険こそ無いものの、やはり心は焦燥と滅亡の恐怖に荒んでいた。白雉の件にしても、平時であればもっと寛容に受け止められたかもしれない。だが今は、もはや鬱憤の捌け口と化していたのである。
もっとも官の多くが専横を極め、私欲に走る者達ばかりだったので実際どうかはわからない。高官などはほぼ全員が梟王の悪政に阿って生き永らえた人間なのだから。
それにしても人語で鳴く白雉が、人の言葉を理解出来ない道理があろうか。
鳥型と人間型を不安定に行き来した後それが落ち着くと、白雉は人間の姿を取ろうとはしなかった。あるべきだとされる姿で、止まり木にて黙し続けた。
無いと決めつけられているその心中で、どうやら出来損ないの自分に本当に使命を果たせるのかと、そればかりを不安に思いながら。

そして、その日はやって来た。

衝動は突如として沸き上がってきた。同時に、降って湧いたかのような直感。
誰に教わったわけでもない。毎日が不安だった。自分が産まれてきた意味を、使命を、全うできるのか。
そんな心配は全て杞憂だったのだ。
白雉は喜びのままに両翼をはばたかせ、産まれて初めての声を高らかに上げた。

「――即位!」

辛気臭い面持ちで白雉の世話をしていた二声氏達の動きが、一瞬止まった。けれどすぐに顔を見合わせる。その誰もに、喜色が浮かんでいる。
「――鳴号!」
二声氏の一人が、まろぶようにして宮を飛び出していく。
「白雉鳴号――、一声鳴号――!」
官の両目からは涙が溢れ出していた。どれほど、どれほどこの日を待ちわびただろうか。それにいくら異端の白雉を厄介だと思っていても、十年以上も仕えていれば愛着が沸くというもの。主が役目を全うできたことが純粋に嬉しく、そして誇らしかった。
そんな二声氏の声が別の官に伝わり、広がって、玄英宮全体に歓声が満ちるまでにそう時間はかからなかった。


「延王即位――!」


斯くして雁州国は新王と麒麟を迎えることになる。
王は胎果であった。先の麒麟が王を見つけられなかったのも無理からぬことであろう。
延果が蝕により蓬莱に流されたのも、全ては運命だったのだ。
さて、待望の新王は名を小松尚隆(こまつなおたか)と言った。音が此方に馴染みがないので、文字はそのままに、読み方を常世風に改め尚隆(しょうりゅう)とした。
同じく胎果である延麒も蓬莱での呼び名があり、こちらはそのまま六太と呼んだ。
もっともこの二人の名を口にすることが出来るのは、現時点でお互いしかいなかったのだが。

この王が、とにかく破天荒かつ出鱈目な男だった。
なにせ困窮した国を建て直すためとはいえ、壮麗たる王宮のあらゆる装飾や御物、宝重に至るまでを全て売り払ってしまったのだ。玉座の金銀や玉までむしりとる始末である。
悲鳴を上げる官のことなど意にも介さず、己が麒麟の鬣をかき混ぜながら王はこう言いはなった。
金ならばここにあろうが、と。
それだけに止まらず、従来のやり方にはおよそ従わない。それどころかかき混ぜてくるような素行の王に対し、長く玄英宮に仕えてきた官吏達が不満を募らせるのは仕方のないことだった。
やはりあの白雉は不吉の前兆だったのだ。
そんな話が聞こえてきて、六太はなんのことだと首を傾げた。白雉というのが特別な霊鳥であり、その性質も知ってはいたが、不吉などと言われる理由が思い当たらなかったのだ。

「なあ、それって何の話?」
「た、台輔……いえ、なんでもありません」

六太に声をかけられた高官二人は、ばつが悪そうにはぐらかそうとする。それもそうだろう、つまりは王の――彼の主の陰口を言っていたも同然なのだから。

「白雉ってあれだろ、二声宮の。それがどうかしたのか?」

しかし六太は好奇心のままに問いを重ねてくる。そこで二人は白雉が半人であること、前代未聞のことなので新王に凶変がないか危惧しているといったことを述べると、そそくさと立ち去っていった。その背中に六太が小憎たらしく舌を出した事には、気付かなかっただろう。

「だってさ」
「ほう?」

正寝、長楽殿。
六太が官吏から聞いた話をすると、尚隆は興味をひかれたようだった。

「二声宮といえば西宮か……ざっと王宮内を見て回った時に覗いたが、あの白雉が半人だったとはな。面白い」
「主上……失礼ですが、そちらに気を向けておられる暇などございませんよ。ただでさえ登極なされて日が浅く、しかも主上は胎果であらせられる。こちらの世界のことを多く学んでいただき、一日も早く慣れていただかなくては」

つい先日御史として召し上げ、側に置いている優男がしっかりと釘を刺してくる。尚隆はいかにも面倒そうな貌をしたが、ふと思い出したかのように「そういえば」と声を上げた。

「朱衡、お前は元々春官だったな。件の白雉について何か知っていることはないか」
「そう言われましても、拙はたかだか内史の下官でございましたからね。今回の白雉が半人だという噂は耳にいたしましたが、詳しいことまでは」
「お前達はどうだ?帷湍、成笙」

話題をふられ、側に控えていた二人の男が応じる。

「私も地官の、それも田猟だったもので、噂を小耳に挟んだことがあるぐらいですな」
「牢の中までは、流石に聞こえては来ませんでしたが」
「ふむ、そうか」

そう言うなりかけていた卓子から立ち上がった尚隆を、主上、と朱衡が呼び止める。

「先程の拙めの進言は、聞き入れていただけないので?」

柳眉が見るからに痙攣している。短気だなーと六太が思っていると、尚隆は卓子の上から適当に書物や文書を手に取った。
そしてにっ、と笑みを刷く。

「なに、手習いはここでなくとも出来よう?」


こうして押し掛けてきた王と麒麟を先頭にした一行に、二声氏達は大いに驚き、平伏して出迎えた。それをしないのは、止まり木にいる白雉のみである。

「我が国の白雉は半人だと聞いておるが」
「は……その通りでございます。ですがそれも数年前までのことで、それ以来は幸いにも人に変じることは無くなっております」

幸いにも。
その言葉から、いかに半人であるということが忌まれているかが知れて、六太は思わず顔をしかめた。当の白雉はそのやりとりを静観している。
尚隆はこれみよがしに溜め息をついた。

「なんだ、稀なことだと聞いて楽しみにしていたのだがな。残念なことだ」
「は、はあ……」
「人に変じていた時はどのような風貌をしておった?」
「はい……今の姿同様に肌も髪も白く、瞳は黄で、幼い童女のお姿でした」
「ほう……」

尚隆が視線を二声氏から白雉へと滑らせる。
白い以外にはなんの変哲もない、ただの鳥。いや――恐らくは。

「人に変じることを自ら禁じたか」

白雉は答えない。元より、一生のうちたったの二度しか声を発さない生き物である。
それには構わず、尚隆は続けて言葉を投げ掛ける。

「ならば俺が許そう。もしお前にまだ人に変じる力があらば、その姿を見せてみよ。勅命である」

きっと言葉は通じまいと、意味など理解するわけがないだろうとたかをくくっていた二声氏らの目の前で、それは起こった。
白雉の輪郭が溶ける。溶けて、膨らむ。
止まり木から落ちてきたそれを受け止めた尚隆の腕の中には、真っ白な少女がいた。表情こそ乏しいものの、印象的な琥珀の瞳には困惑が見てとれる。
尚隆は安心させるように笑いかけ、その姿をまじまじと眺めると、、と口にした。

「うん、悪くないな。にしよう」
「しゅ、主上……それは……」
「こいつの名に決まっておろう。他に類を見ない白雉なのだろうが、名前ぐらいなくてはな。それよりも早く何か着るものを持ってこんか」

もはや恐慌している二声氏たちにそう命じれば、失念していた彼らは慌てて言われた通りにする。尚隆と六太は顔を見合わせ、苦笑した。
王から下賜された名により、この日から雁国の白雉はと呼ばれることになった。

それからというもの、王と麒麟は暇を見つけては二声宮に顔を出すようになっていた。
尚隆は単純にが気に入ったし、六太は親近感を感じたのだろう。
返事がないことを承知で、尚隆と六太はに話し掛け続けた。声を用いずとも、頷いたり首を振ったりと簡単な意思表示は出来たので、やりとりとしてはそれだけで満足だったのだ。
その様子に、二声氏達は初めて白雉の少女にも心があるのだと知った。

は愛らしい顔付きをしておるでな、長じれば美しくなろうて」
「うわー、なーんか発言がいやらしいんだよなあ。やだやだ」
「なんとでも言え。俺は思ったことを言ったまでだ」
「うへえ。気を付けろよ、こいつ助平親父なんだからな!」
「はっはっは、女の方が放っておかんのでな。仕方あるまい」
「言ってろ」

六太から白けた目を向けられてもなんのその、尚隆はあっけらかんとしている。はどうしていいかわからずに、それでも六太の側に寄った。

「ほら、も助平親父は嫌だって!」
「何っ!?聞け、。俺は別に嫌がるおなごをどうこうしたことはないぞ。わかってくれるな?」

が頷く。

「よしよし。ではこちらに参れ」

そう言って膝を叩く尚隆と六太とを見比べたは、大人しく従った。

過ぎていく日々の中、尚隆と六太と交わりながら、考えるようになったことがにはある。
何故自分は半人として産まれてきたのだろうか、と。
白雉としての役割を果たすためだけならば、半人である必要などなかった。万一天の采配に過りがあり、使命を全う出来ないような欠陥があるならまだ得心がいく。しかし自分は一声を発することが出来たし、末声を上げられるという確信すらあった。

ならば、一体何故――

答えらしい結論を得られないまま月日は流れ、気が付けば新王践祚から四ヶ月ほどが過ぎていた。
年明けまで残すところあと数日。
新年の儀式だのなんだのの段取りが忙しいらしく、ここしばらくは王と麒麟を見ていなかった。そうなればには思考ぐらいしかすることがない。
二人と出会うまで、自分はどんな風に平時を過ごしていただろうか。
記憶を遡ってみたが、思い出せなかった。多分なにもしていなかったのだ。一声を上げるまでは時折不安を覚えていたが、それ以外にすることも出来ることもなかった。ただひたすらに、新たな王が登極するその時を待っていた。
何故自分は半人として産まれてきたのだろうか。今日もまた、その事について思いを巡らせる。
半人だったから尚隆は自分に興味を持った。尚隆だったから半人である自分を忌諱せず名前を与えてくれた。
違う。それは結果論に過ぎない。例えそれが疑問の切っ掛けだったとしても、求めている答えではない。
そもそもはなから答えなど存在しないのではないか。自分が白雉であることに意味などないのではないか。
それで納得すればいいのに、どうしてそれが出来ないのだろう。

「――どうして……」

それは全くの無意識だった。
場の空気がおかしいことにふと気付いて周りを見回せば、二声氏達はそろって貌を強張らせ、を凝視している。
え、と思った。思っただけのはずだった。
しかしそれは音を得て、自身の口腔から零れていった。
相貌をひきつらせて、凶兆だ、と誰か一人が呟いた。

「人に変じるだけでなく、二声しか上げないはずの白雉がそれ以外に言葉を話すなど――凶事の前触れだ――!」

悲鳴じみた二声氏の叫びに、は唐突に全てを理解する。

嗚呼、そうか。
自分は正に――凶事の申し子だったのだ。

「主上を……」

恐れ慄く二声氏達に、白雉の声が追い打ちをかける。

「主上を、此処に……!」








報せを受けて尚隆と六太が駆け付けた時、ただならぬ雰囲気が二声宮を包んでいた。二声氏達は皆一様に青褪め、口を閉ざしている。
その中央に、真っ白な少女が座していた。髪や睫毛だけではない。纏う着物まで、白一色である。
白は凶事の色とされるため、普段着に用いられることは決してない。これまで二声氏達が用意していたのも色鮮やかな着物ばかりだった。
しかし改めて純白で身を固めたを前に、尚隆は感嘆を覚えていた。白は白雉にとって天性の色。神聖さすら感じさせる。なによりよく似合っているではないか。
蓬莱の武家育ちである尚隆には、花嫁衣装を想起させた。

「……

呼べば、が伏せていた面を上げた。
小さな唇が僅かに開き、息を吸い込む。

「主上、台輔……」

それはあまりにも儚い声だった。
どこか思い詰めた響きに、一言も聞き漏らすまいと二人が側に寄る。

「お忙しい、さ中に……お呼び立てして、申し訳ありません……」
「そんなの気にしなくていいって。それより、お前おれ達に伝えたいことがあるんだろ?」

すまなそうに頷くの顔容には、焦りが滲み出ている。

「ずっと……考えて、いました……何故私は、こんな形で生まれついたのか……と……」

その口調はひどくたどたどしかった。話すという行為に慣れていないのだ。途切れ途切れで息苦しそうに、それでも懸命には言葉を繋いでいく。

「皆、私を……凶事の前兆だと、言います……きっと、その通りです…」

それは違う、と口を挟んだ尚隆だったが、はやんわりと首を振ってみせる。

「だって、そうでなけ、れば……私はただ鳥のまま、生まれてくればよかったの、です……それに一生で、二度しか……鳴かないはずの私が、こうして……話すことが、出来るようになって……きっとまた……周りは不吉だと、騒ぎますが……それで、いい、んです……それが天意なのだと、思います……」

そう、それこそが――自分が半人としてこの国に使わされた理由。
存在自体が、天からの警告だったのだ。

「おそらく、この国を……災いが襲います。王の即位だけではどうにもならない、とんでもなく、恐ろしいことが……いえ、もしかしたら……もう、どこかで始まっているかも……」

六太が尚隆へ繋いでくれたこの国が、危機に晒されている。
一旦思い付いてしまえば、もはやそれは強迫観念めいてを苛んだ。

「主上、どうか……それを見落とさないでください……どうか……」

小さな手をついて深く頭を下げ、懇願する。
しばし無言で見下ろしていた尚隆は「心得た」と応じると、小さな身体を軽々と抱き上げた。。
驚くの視界に、鷹揚な笑みが広がる。

「よく知らせてくれた、後は任せておけ。――それにしても堅苦しいことこの上ないな。もっと気安く話してくれてよいのだぞ?ん?」

そうそう、なんてお気楽な相槌まで聞こえてくるものだから、はなんとなく拍子抜けしてしまって。
張りつめていた何かが解ける。と同時に、温かいなにかが頬を滑り落ちていくのを感じた。


その数日後、笈箱を託された男が帷湍を訪ねて駆け込んできた。箱の中には、白条に似た青い花が丸太を苗床にして入っていたという。

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