麒麟は王と共にある。
その身命は何一つ自身の物ではなく、すべからく王に捧げられるという。
蓬山にて生まれ、育てば王を選び、傍に仕えて、王が道を誤れば失道という病を得て死ぬ。遺骸すら使令に下した妖魔の糧として喰われる、それが麒麟の末路だ。
さて、この世には麒麟の他にもう一体、王と命運を共にする生き物がある。
王が身罷っても生き永らえる可能性がある麒麟に対し、その生き物は必ず、死ぬ。その生き物、名を白雉という。
一生のうち二度だけ人語で鳴くその鳥。故にその霊鳥が住まう宮を二声宮と呼ばう。
赤楽年号開始からおよそ五百有余年前、雁の国に王が立った。なんとも型破りな男で、その麒麟である台輔も変わり者、ここまでくればついでだといわんばかりに白雉までもが前代未聞の有様だった。
そう、なぜならその白雉は――

ー」

十二、三と思しき少年が、露台を行く。眼下に広がるは海で、水底の向こうには関弓の街並みが見て取れる。
ここは玄英宮。雁国が王宮である。雲の上の人、とはよく言ったもので、雲海をも貫く凌雲山に聳えしこの王宮に入れるのはごく僅かな、選ばれた者だけだった。並の子供がいるはずもなく、金の髪をそよがせて歩くこの少年も例外ではない。
この世界において、金の髪を持つのは麒麟だけだと相場が決まっている。慈悲と正義の、あまりにも尊い獣。つまるところ、この少年こそが治世五百年の王を選んだ雁国の麒麟、延麒なのだった。端的に言えば、この国で王に次いでの地位を持つ。

、いるか?」

内宮のうち、西宮は悟桐宮。そこに白雉の住まう二声宮がある。、と呼びながら延麒――六太が顔を覗かせれば、そこには十人あまりの小官と、見目十歳前後の幼い少女がいた。

「……おかえり、六太」
「おう。ただいま、いい子にしてたか?」

返事のかわりに小さく頷く少女こそ、この二声宮の主。信じがたいことにこの国の白雉は半獣――いや、半人であったのだ。

前代の王、謚を梟王と言うが、これが大変な暴虐により民を虐げた。梟王崩御の後産まれた白雉は、一声も発することなく息絶えたという。先の麒麟が王を選定できないままに死んだことが関わっていると言われるが、真偽は定かではない。
そして新たに実った卵果より孵った白雉に、当時の誰もが動揺し、困惑した。白雉の半人など、この十二国始まって以来聞いたこともなかったからだ。梟王の非道な行ないに天が思うところあってのことだろうかと、王宮内に波紋が拡がった。
半人であったが、白雉は本来生涯で二声しか発さぬ生き物。例によってこの白い少女も生まれてこの方一声も発しなかったが、即位を高らかに伝え、王と麒麟が生国に下りて後は、言葉少なながらに話すようになった。というのも、この王と麒麟が物珍しい白雉の話を耳にして、放ったままにするわけがなかったからである。

「今度はどこに行ってたの?」

の声は小さい。だが良質の鈴を転がすような耳に心地よい声で、傍にあって会話するうえで聞き取りづらいということはなかった。
恐らくではあるが、本性が白雉であるこの少女が高らかに声を上げるのは、残すところ末声――王の崩御を鳴く時だけであろうことは想像に難くない。そうして一刻を待たずして死んでいくのだ。それが半人とはいえ白雉として生まれついた少女の、変えようのない運命である。

「あれ?言ってなかったっけ。蓬莱に――いや、慶に行ってたんだよ」
「そう」
「前に話しただろ?泰麒だよ。あいつ、鳴蝕を起こして蓬莱に行っちまっててさ。その捜索に動ける麒麟はみんな行ってきたんだ」
「見つかった?」
「うん。まぁ角はないわ怨詛がやたらしみついてるわで、大変だったんだけどなんとかなった。戴に戻っていったよ」
「そう……角がないって大変だね」
「そうだな……しかも今のあいつには使令もない。正直言って心配事しかないが……おれたちがしてやれることは全部してやったんだ。あとはあいつらが自分でなんとかするしかない」
「うん……六太、いっぱい頑張ったね。おつかれさま」

小さい六太よりより小さいが、膝を立てて隣に座る六太の頭を撫でる。一瞬きょとんとした六太だったが、すぐに見た目相応の、少年らしい無邪気な笑みを浮かべた。
その様子を二声氏達が微笑ましく眺めていたが、新たな来訪者に気付いて慌てて伏礼する。

「頑張ったのは俺とて同じだぞ?
「主上」
「そんなよそよそしい呼び方をしてくれるなと何度言えばわかってくれるのだ?よ。俺は悲しいぞ」

これみよがしに哀愁を漂わせ、目元に手を当てる尚隆へ六太の冷ややかな眼差しが注がれる。

「うそくせえ〜……、あんなやつに構わなくていいからな」
「うん。わかってる」
「六太はともかくまで……本当に泣けてきたぞ」

がっくりと肩を落とした尚隆に、六太が笑う。表情の乏しかった白雉の少女もまた破顔した。



。うん、悪くないな。にしよう」

生まれて初めて声を上げ、そう日も経たない頃。大小二つの影が二声宮を訪ねてきた。緑の黒髪を高く結わえた堂々たる偉丈夫と、黄金の髪の少年だった。
は一目でそれが王と麒麟だと理解した。霊鳥たる本能がそう告げていた。
王はまじまじと自国の白雉を眺めると、その白い頭髪を撫で、言った。
にしよう、と。
その日から雁州国が白雉の名はとなった。
二人は事あるごとに二声宮へ足を運んではに構った。そうしてが喋るようになると、春官たちは飛び上がるほど驚いて、次にひどく慌てふためいた。なにしろ白雉が二声以外のことを口にするなど前例がない。凶事の前触れではないかと恐れたのだ。
そんな官らが滑稽だったらしく、王と麒麟は笑い転げていた。

この国においては白雉の住まう宮を二声宮とは呼べぬな。

楽しそうに言い放ったのは他ならぬ延王であった。

雁州国は、今日も平和である――



130518
他の国は大変なところもあるけどなっていう


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